足が沈み込む、まるで綿あめの様な白い地面の上に立っていた。いつもより濃い青空に浮かぶのは、少し大きくなった太陽で、ジリジリとした暑さを放っている。暑さに馴れない士門は、大粒の汗を全身に垂らしていた。
「やあ、また会ったね」
ベルタという赤い瞳の女と、松鳥士門という男は、雲の浮かばない空のもと、向き合っていた。
士門は、またあの夢を見たな、とか憂鬱に考えていた。
「わざとらしいな。お前がこの夢を見せてるんじゃないのか」
「あはは。そんな事してないよ。ちょっとジイシキカジョウなんじゃないの?」
ベルタは笑いまじりに言うが、士門は動じない。
「本当にそうか? 俺は、お前の言う事なんか信じない」
ヘラヘラしたベルタとは相反に、士門はきっぱりとそう言った。
士門がベルタの夢を見る様になったのは10歳の頃からであり、2人は10年間ほぼほぼ毎夜出会っていた訳だが、士門は正直ベルタの事をよく思っていなかった。彼女ののらりくらりとした態度が気に食わなかったのかもしれない。どうにせよ、彼女の言う事を信じるつもりはなかった。
ベルタはそんな士門を見て「ふーん」とつまらなそうにして、2人の会話はそこで一旦途切れる。
ベルタは、黒い髪を腰まで伸ばした、ミステリアスな印象の女性だった。顔立ちは彫刻品のように美しく、肌は雪のように白く、口唇は血色よく色づき、時々士門も見惚れてしまう程である。細かい刺繍がいくつも縫われた豪華な純紅のドレスは、タートルネックで長袖、スカート丈も長いのにも関わらず、色気が漂っている……というより、露出が少ないからこそどこか優雅な雰囲気を纏っていた。
そして、その夢の中では、本来真っ黒であるはずの士門の髪はなぜか真っ白に染まっており、瞳も彼女と同じ赤色であった。 服装は大抵白いシャツに黒いベストである。顔立ちはいたって平均的で、目の毒にも目の癒やしにもならないが、ベルタの前に立つと、明らかに釣り合ってない、と誰もが思うであろう。
沈黙の後、ベルタは咳払いをしたのち、真面目な顔つきになって言う。
「さーて、本日は長い付き合いの君にしか出来ないお願いがあってだね」
士門は正直、ベルタのその顔に心打たれそうになりながらも、やっかいな気がしていた。
「…………言ってみろ」
「あのね、僕はシモン君に────
士門はその時、勢いよく布団から起き上がった。それと同時に全身に悪寒が走る。ベルタの夢でこんな恐怖を感じた事は初めてである。なんだ、なにか恐ろしい事を言われた。
────してほしいのだよ」
気味悪い言葉がいまだ鼓膜に残っているような感覚が残って、思わず士門は両耳を手で塞ぐ。ベトベトした汗が体に膜の様に引っ付いていた。
士門はすぐさま、枕元の鏡で自分の顔を確認した。現実の自分がなくなった様な気がして。髪は真っ黒で目もダークブラウン……。安堵のため息をこぼす。
荒くなった呼吸を整えながら、士門はただひとつ考えていた。
ベルタの願いとはいったいなにか。
また夢で会った時、どんな無茶振りをされるか知っておきたかったのか、もしくは、ただの好奇心かもしれない。
士門が知りたい事ならもうひとつあるのだが。
「ベルタ……お前は誰なんだ」
まあ、彼女はきっと教えてくれないだろうな。なんてボンヤリと士門は思った。