異界混沌記 1.唐突に

 松鳥士門、20歳。最終学歴は地元の底辺高校、実家暮らし、フリーター。
 10年近く奇妙な夢にうなされながら、適当に生きている。

 その日も、士門はバイト先へのコンビニへ徒歩で向かっていた。半端に開発された田舎の町並みであるが、士門以外に道を歩く人間はいなかった。
 士門は重い足取りを取りながら、ベルタの事について考えていた。

 今まで、悪夢という程でもないので誰にも相談してこなかったが、今朝のあの目覚めは明らかに異質である。この調子が続くのなら病院にでも相談すべきか。
 夢の原理とは全く解明されていないらしいが、もし彼女の夢を無意識がなんらかの理由で士門に見せているのなら、その理由とは一体……。
 そもそも士門の無意識は、あの気に食わない能天気な性格といい、あの卓越した美貌といい、なぜ、ベルタを作ったのか……。ベルタに似た外見・性格の女性は全く士門は知らないし……。というか、あの天国の様な場所はなんなんだ。

 そう思い悩んでいた時、士門は地面の小さい石に足を引っ掛け、顔先に地面が現れたかと思うと、転んでしまった。
 さっさと立ち上がろうとした瞬間、目の前の曲がり角をトラックが走り抜けていく──。

 ボーっとしてしまっていた。どこからか吹いた生暖かい風に当てられながら、士門はまたあっけに取られてしまった。
 後少しで死ぬ所だった。心臓がバクバクと唸るが、すぐにそれは収まる。士門はゆっくり立ち上がって、服についた汚れを叩いて取り払う。
 士門はスピリチュアル的なそれを信じるつもりは到底ないが、もうなんだか、ベルタの事を考えると厄災が起きそうだった。明日にでも病院へ行こう。
 そう気を取り直して歩き出した時、前方を立ち塞がる様に男女2人組が視界に映った。

「噂は伊達じゃないみたいだねぇ、シモン」
「俺様の勘はやはり鋭かったんだ!」

 その2人はやはり、士門を見ながらそう言っている様であった。

「な、なんですか……」
 士門が2人組に問いかけると、「裏で話そうぜ」と、腕を引っ張られ、士門も多少の抵抗したものの、裏路地に連れこまれてしまった。
 神はどうやら士門をそう簡単にはバイト先へ連れて行きたくないらしい。

 太陽の光が入らない様な細い裏路地で、2人は士門を壁際に立たせた。男の方が士門の顎を掴みながら問いかける。
「お前が、マツトリシモンだな?」
「あぁ、はい……、そうですけど」
 士門が正直泣き叫びたい気持ちを抑えてうなづくと、男は手を離した。
 士門がまた恐怖で荒くなった呼吸を整えていると、やっと2人組が名を名乗る。

「俺様がレイジロー・クズミ。で、こっちが」
「アタイがアデヌ・ド・フランスだ」
 レイジローは両手を腰に当て、アデヌは胸に手を当てながら、堂々と名乗った。

 その変な名前といい、コスプレイヤーであろうか。2人はかなり奇抜な髪の色、瞳の色をしている。
 レイジローはみ空色の短髪でくせ毛気味の、マッシュパーマと呼ばれるであろう髪型をしている。三白眼の瞳は黄色みがかった灰色で、歯はギザギザと尖っていた。
 アデヌは肩まで伸ばした白髪で、毛先は外にはねている。下まつ毛が特徴的なタレ目で瞳の色は金色。唇と目元に紫色の化粧がされていた。
 両者とも服装はラインの入ったダボダボのジャンパーと、ダボダボのブルー系デニムだ。レイジローのジャンパーの色は髪と同じみ空色で、アデヌが唇と同じ紫色である。
 足元には至ってシンプルなスニーカーで、首元はなぜかぴっちりとしたラバー素材の艶々したオレンジ色で覆われていた。

 考えが整理つかない士門に、2人は顔を近づけて、低い声で言った。
「おい、シモン、単刀直入に言うよ」
 士門は圧迫感に怯えながら返事をする。
「あぁ、はい」

「力を貸してほしい」

「……詳しくお願いします」
 士門は、悪戯でも話だけは聞いてみなければ、と思った。

 士門の脳裏には、ベルタの顔が浮かんでいたのかもしれない。
 それかまた、アニメの様な出来事に憧れていたとか。
 とりあえず、遅刻だけが心配である。