2人は士門から離れると、距離を取って反対側の壁にもたれかかった。
士門も立たされた壁際から動けず、3人はバラバラになって話していた。
「な、なんで俺の名前が分かったんですか」
士門が怯え気味に問いかける。
「有名人だからね。」
そのアデヌの答えを士門が不思議に思うと、レイジローが何を察したか「後で説明するからそれはいい」と補足したので、とりあえずは飲み込む事とした。
「そんな事より、まずは俺様達の正体を知りたいだろう?」
レイジローが補足に続ける様にそう問いかけ、士門が頷くと、レイジローは堂々と言った。
「俺様達は天国から来た天使だ」
士門は頭の上にハテナマークを浮かべる。
「て、天国? あの、神話の?」
アデヌがそれに答えてやった。
「そうよ。日本人の殆どが架空の物だと思ってるらしいけどね。今は人間に擬態する為隠してるけど、天使の輪っかや翼もあるわ」
「ああ、はい……」
士門は気まずそうに頷いた。
今まで信じていなかったし、これからもこの目で見るまで信じるつもりもないのだが。
そうして、本題の様に、レイジローが切り出す。
「それで、お前には天国と地獄の危機を救ってほしいのだ」
「その危機って……」
「人間界、天国、地獄の他に、”妖界”という名の次元がもうひとつあってな。そこから大量の吸血鬼が攻めて来たんだ。だから、人間界に影響が及ぶ前に、吸血鬼を撲滅してほしい」
それを聞いた士門は、なんだか規模感の大きさに唖然としながら、まさに”形容しがたい感情”という状態であった。
明らかにアニメ的な設定だし、自分でもスピリチュアル的なソレは信じないつもりないと思っていたのに、妙に飲み込めてしまう自分が、自分ながら不可解である。
長年謎の女が夢に出て、今日特別にその夢でうなされた日、天使を名乗る2人組に出逢えば信じてしまうのも必然だろうか。
「吸血鬼……その危機を俺なんかが救えるんですか?」
恐る恐る士門が聞くと、アデヌがまた代わりに答えた。
「容易だろうね。ハッキリは言い切れないけど。アンタの守護霊の力を使えばね。」
「守護霊?」
士門は思わず聞き返す。
「うん。本来ならアンタは今すぐにでも死ぬべきなんだ」
そのアデヌの言葉に、思わず士門は「えっ」と声を漏らした。
「アンタの寿命は10歳。それから10年もオーバーしているのにアンタが今も生きてるのは、アンタに憑いてる強力な守護霊のおかげさ」
アデヌは欠伸混じりに語った。
「守護霊で吸血鬼が倒せるんですか?」
士門が半分驚きながら問いかけると、アデヌは話す。
「うん。守護霊は宿り主の死をなんとしても回避させようと、運命、時には宿り主を改変する力があるからね。」
「宿り主を改変って、どういう事ですか?」
「病気になった人間が奇跡的な確率で完治させる様な話があるだろう? あれは、守護霊が宿り主の免疫とかを向上させているんだね。」
「な、なるほど……」
「さて、話を戻すけど、アンタもさっき体験した様に、トラックに轢かれるギリギリで転んだだろう。アレも守護霊の力さ。」
さすがにそれはこじ付けじゃないか、と士門は思ったが、アデヌの話を聞き続ける。
「アンタに吸血鬼との戦いで命をかけて貰えば、あの強力な守護霊も動くだろう。そうすれば、世界を変える幸運が、”シモン”という人間の改修が、吸血鬼を滅ぼす……はずだよ」
「そ、そんなに強いんですか?」
士門は思わずそうこぼす。
「アンタが有名人って、さっき言っただろう? その守護霊に天国中の奴らが注目しているのさ」
「守護霊……かぁ」
士門がそうぼやいた時、すぐさま脳裏に心当たりが思い浮かんだ。
ベルタ。
士門がベルタの夢を見始めたのも10歳の頃からである。強力な守護霊とは、もしやベルタの事ではないであろうか。
なぜ彼女が士門を守っているかまだ分からないが、ベルタの願いとは……吸血鬼を撲滅し、天国と地獄を救えという事ではないのだろうか。
「俺の守護霊ってなんですか?」
士門が2人に聞くと、両者ともしばし考えた後、レイジローが口を開く。
「俺様達には見えねぇんだ」
「そうですか……」と、士門は俯いた。
三人とも黙った気まずい時間が流れた後、思い出した様にレイジローが話し始める。
「まだ、説明が終わってなかったな。吸血鬼には真祖っていうのがいるんだ。」
「真祖?」
「ああ、吸血鬼ってのは、吸血鬼に血を吸われた奴がまた吸血鬼になって、ねずみ講的に増えるだろ。真祖っていうのはそれの始まりだ。真祖を殺されると吸血鬼は全員元に戻る。そして、今回天国と地獄を襲っているのが、1人の真祖から生まれた吸血鬼軍団。一般吸血鬼はあまり殺さず、真祖だけぶち殺す、天国的な手段でやってろうと思ってる。シモンも、無駄に命はかけたくないだろう?」
「はい……」
士門はどこか、そこまで規模を拡大した真祖に関心と恐怖を覚えながら、問いかけた。
「その、天国と地獄を襲っている真祖の目的……とは?」
「全く検討がつかない」とレイジローが返す。
士門は代わりの質問をもう一回投げかけた。レイジローの答えに驚愕する事を知らず。
「じゃ、じゃあ、その真祖の名前は?」
「”ベルタ”」
士門はその瞬間、最悪だ、と思った。
「……力を貸すか、一晩考えさせてください。」
今晩彼女に問い詰めようと、士門は一旦バイト先へ向かおうとする。
しかし、レイジローがそれを制止した。
「! まだまだ話したい事があるんだが……」
「……だねぇ」
レイジローの言葉にアデヌが同調するが、2人の様子はどこか忙しなかった。
「あ、あの……バイト遅刻するんで」
士門が控えめにそう言った時、レイジローはジャンパーのポケットから妙な丸メガネを彼に手渡した。
「これをかけてみろ」
「メガネですか?」
「最初から見せた方が早かったねぇ」
士門が嫌々そのメガネをかけた時、”見えざる者達”が見えた。
……とでも言うのが正しいか。